2020年1月6日月曜日

フィルターを通して


15〜16歳くらいの時だろうか
わざわざニュース番組は見ない
新聞は読まないと決めたのは




その頃は今のようにインターネット
では無くテレビや新聞から一方的
に発信されるものを受け取るしか
無かった




10代の頃は多くの人がそうだと思うが
多感な時期でいつもいろいろな事を考え
悩みも多かった
今ならその悩みは大したものでは無いと
思うが当時は大ごとだった




そんな多感な時期の私にとって世界は
ただでさえ大変なのに、辛いニュースを
見て更に辛くなる事はないとニュースを
わざわざ見る事を辞めたのだった




その習慣は大人になっても続いていた
大人になると更にテレビを見る時間が
なくなった事もありその習慣は続いて
いた




社会人として、また大人としてニュース
くらいは見ないといけないと言う人も
いたけれど、大抵そういう事を言う人は
私にとって関係のない人が多かったので
気持ちが変わる事がなかった




今はYahooなどのトップページでニュース
のタイトルを目にするので何となく色々
知っている




今までクリックしてまで続きを読む事は
なかったが先日クリックして読んだ後に
後悔した




ニュースの内容はともかく、記事の下の
方に沢山の人のコメントが投稿されていて
その内容がうんざりするものばかりだった
からだ




私はFacebookがいろいろな理由で苦手だが
メッセージのやりとりがそれでないと出来
ない人達がいるので、時々利用する事がある
が、ニュースのコメントを見て感じた苦手な
感覚と、Facebookを利用した後に感じる苦手
な感覚がとても似ていると思った




なぜ苦手なのか考えてみると、必要な情報
以外が勝手に目に入る仕組みが苦手なのだ
と分かった




誰かがいいねした見ず知らずの人の投稿まで
もが表示される
これを利用してのビジネスページが多いのも
理解できる気がした




情報が溢れている今、どう受け取るかは
とても大切な事だ




感覚にフィルターがあるとすれば
目の荒いザルなのか、高性能フィルター
なのかで随分と変わるだろう




ただ高性能フィルターというのは高性能
な故しょっちゅう交換しないと目詰まり
する




まずは最初に目の荒いザルで振り分け
高性能フィルターを通すなど工夫が必要
なのかもしれない




でも本当はこんな感覚フィルターなどを
使わないでおおらかに生きられるように
なりたいと思う




人間である限り、それはなかなか難しい
事なのかもしれないけれど







0 件のコメント:

コメントを投稿