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3.05.2021

I am home



フランスのプラムビレッジ在住の僧侶
ティクナットハーン氏の、I am homeは
有名な言葉です




彼には心のどこでもドアがあり、家は
帰りたい、帰らなければならない場所
ではなく、いつも今ここにあります




例えば、家は何のためにあるのか
考えてみてみましょう




家はくつろぐためにあり
安心できる場所です




ですから
いつでもどんな場所でも
くつろいで安心していられるのなら
そこが家になるという比喩です




言い換えると、自分自身が
くつろいで安心していられる家である
という訳です




自分自身でいる事が
一番くつろげて安心できるのなら
素晴らしい事だと思いますが
なかなかそう上手くいきません




ではどうしたらいいか




簡単ではありませんが必要なことは
マインドフルネスな状態であること
即ち、今の自分に気づき続けている
ということです




喜びや恐れ、苛立ちや悲しみ
様々な感情があるのが人間です




遊びに夢中になっていても
何か辛い事があっても
見守る親がいてくれれば
子どもは安心している事ができます




ですから
自分を見守る親に自分がなるのです




嬉しい時にも
そうでない時にも
正しい行いをしている時でも
そうでない時にも
いつでも自分を見守ります




これは時にはとてもくたびれる作業です




ですが、自分を大切にできないのなら
他の何をも大切にすることはできません




時間をとって瞑想することは
気づきに対する効果的なプラクティスに
なりますが、それだけでなく、例えば
歩いたり、食べたり、掃除をしたりと
気づき続ける練習の機会は沢山あります




自分自身でいる事が
家にいる時のように安心できる




いつでも今ここが自分の居場所
自分の家




まだそこまでの領域に達してはいませんが
いつでも心地よく過ごすということを
目指しています




明日と明後日のブログはお休みします
次の更新は月曜日の予定です




いつも読んでくださりありがとうございます








2.01.2021

瞑想するのに最適な時間



瞑想に良い時間帯はいつですか?
とのご質問を頂きました




この答えは諸説ありますが
私の先生に教えていただいたものを
シェアいたします




朝の瞑想に最適な時間は
日の出の1時間35分から45分前です




ですが、日本では日の出の時間は
日々変わっていきますので
朝の4時半くらいとお伝えしています




この時間帯はとても神聖な時で
1日が動き出す前
全てのエレメントが動き出す前の
瞑想に良い時間帯だと言われています




太陽を待ち望み
地球と共に目覚めていく
そんな風に感じるこの時間帯は
私が好きな時でもあります




午後の時間帯としては
日の入り後の1時間後です




夕方は一日私たちを照らしてくれた
太陽へ感謝と共に瞑想で見送る時間




ですが、どちらの時間帯も
仕事をしていたりなど通常の生活を
送っているとなかなか難しい時間帯です




ですから、この時間帯に囚われて
できないと思ってしまうより
自分のできる時間帯に続けやすい形で
行うのが一番良いでしょう






12.18.2020

心の状態を把握する方法



よくある質問に
瞑想ができない
瞑想に集中できない
というものがあります




心に静けさがあって
集中できて無になる




もし瞑想のイメージがそうだとしたら
尚更、瞑想が難しく感じるでしょう




人は思考の生き物ですから
考え事をしていないと思っている
その時ですら絶え間なく思考を
続けています




じっとしていれば気が散りますし
何か悩みがあれば
穏やかになどなれませんし
モヤモヤして雑念だらけです




ですから瞑想をしている時に
雑念が湧くからダメというと
誰も瞑想ができないということ
になります




むしろ大切なことは
その雑念に気付くという事




雑念をなくさねばと
思っていること自体が雑念なので
無くそうと焦らなくていいのです




自分の中にある
イライラ
モヤモヤ
渦巻く思考




こんなにも
イライラや怒りや悲しみが
私の中にあったと
気がつきます




これは瞑想でなくても
日常の中でも気付くことができます




頭の中のざわめきに
気がついたら
静かに呼吸に意識を戻す




その繰り返しです




その繰り返しの過程で
忘れていた心の奥底の記憶から
良いことかもしれないし
そうでないことかもしれませんが
浮き上がってくることもあるかも
しれません




その時は
成長した今の自分がいる事を
思い出してください




良いことも
そうでないことも
乗り越えてきた今の自分は
静かに呼吸をしています




瞑想ができないと思う方
たった一回でも構いません




大きく鼻から息を吸って
吐き出してみましょう




どうですか
簡単でしょう?




もし気が向いたら
二回目をしてみましょう




息を吸って
吐き出す




どうですか?
もう二回も意識して呼吸ができました




1分前にはできなかったことが
もうできています




できない時にはこうして
少しずつでいいんです




大切なのは気がつくこと
そして小さな一歩でもいいので
踏み出すことです




明日と明後日のブログはお休みします
次の更新は月曜日の予定です



いつも読んでくださりありがとうございます







11.04.2020

自分からクリアにしていく〜Part2〜



前回のblog




前回のblogでは
不安が強い集合体の中で
自分の軸を保ち安心していられるかが
大切であるが、体力や気力が必要だと
いうこと




身体を整えても免疫とは
不安や緊張にさらされると低下し
心の安定があってからこその免疫だと
いうことをお伝えしました




ここではどうしたら心の安定を
得られるか?についてお伝えします




まず一番に言われるのは
十分な栄養と睡眠を取り
身体を適度に動かして
ストレスをなくす
夢中になれることを行う
などがあります




これはみんなわかっていますが
できるのなら誰も苦労しません




次に
瞑想しマインドフルネスを実行するが
上げられますが、こちらもいきなり
さあ、やろう!とはなりませんし
慣れるまではなかなか一人では継続が
難しい場合もあります




そこで誰でも毎日いつでも行っている
呼吸に目を向けていきます




まずは呼吸している
その事に目を向けます




起きている時も寝ている時も
何か考え事をしている時も
呼吸を忘れて没頭した後にも
休みなく呼吸は行われて
私たちを生かしてくれています




当たり前のような
この事に気がつくと
呼吸に感謝をしたくなります




これだけでもいいのですが
簡単な呼吸法もお伝えします




息を吸いながら、身体を休める
息を吐きながら、微笑む
とイメージしながら呼吸します




この息を吸う時
爽やかな空気を吸う
イメージをしてもいいですし
一杯の清涼な水を飲むような
イメージをしてもいいです




吸う息によって体が休まる感覚
を味わいます




微笑みは顔の筋肉を和らげるだけ
でなく心の筋肉も緩めます




呼吸をする度に
静まり、微笑む




長い時間でなくていいのです
これを数回繰り返してみて下さい




心のモヤが少し晴れて
クリアになっていくことを感じます




呼吸法や瞑想は基本は同じですが
バリエーションは様々にあり
自分にぴったりのものを見つける事が
長続きの秘訣です




只今、呼吸法や瞑想のワークショップの
準備をしております




7.30.2020

気づき続けていく



月に1回か2回ほど年長者の方達と
オンライン上で瞑想をしている




一番上の方はおそらく80歳近い方だが
オンラインという新しい形にも柔軟に
対応されていて、それどころか距離を
気にしないで良いとの事で参加者は
増えてきている




参加者の中には重い病気の方もいて
時には病室から参加されたり
同じ病状の方と思いを分かち合ったり
この時代だからこその交流ができている




私はヨガやお坊さん、修道院の方達
スピリチュアルな方達
様々な瞑想のスタイルや年齢の方達と
瞑想を共にしているが
一つ言える事は、その全てが間違って
いないということ




あのスタイルは良くないだとか
目覚めるとはこういう事だとか
本当にわかるとはこうだなど




瞑想を修業として生涯をかけて行って
いる方こそそう言った事は言わない




多くの聖職者の方にお会いする
機会があるが
修行に励み、瞑想をし
学びを深めている方ほど
言葉が優しくわかりやすい




話が逸れてしまったが
私達が現代の社会において瞑想する時に
長すぎたり、難しすぎたりして
やらなくなってしまうようでは
もったいないと私は考えている




たまの二時間より毎日の1分




日常の中で息をするように
瞑想があるということ




年齢を重ねた方達から
今日もまた新しい気づきがありました
との分かち合う言葉を聞く




一瞬一瞬に気づき続けていくこと
その積み重ねが心を育てていく



6.11.2020

思いの中にある願い


私の親友は札幌に住んでいるが
こちらに引っ越してきてからも
年に何度かは会っていた




だが今年はまだ会っていないどころか
この状況でいつ会えるのかも
わからないと思っていた




嬉しい事にオンラインの環境が整い
今までの字や声だけの交流から
顔を見て話せるようになった




そうするとどうだろう
この便利さに慣れてしまい
回線のわずかな時差がもどかしくなる




置かれている状況で最大限の事を行い
それが叶う現実に感謝をしなくては
ならないのかもしれない




だが時には自分の感情を否定せず
思いの中にある願いを見つめる




回線がもどかしいほどに
会いたい人がいるのだという思い




思いの奥にある願い




刻々と移り変わる時の中で
いつも私は本当の願いに
気がついていたい




決して後悔しないように






5.09.2020

Tea Meditation


Tea Meditation、お茶を使った瞑想
をお伝えします




このお茶の瞑想で
過去の記憶と今を紐付けせず
今を見て今を感じる練習をします




お茶を飲みながら
二度とない今を見つめます



まずはカップにお茶を用意します




※お茶はどんなものでも大丈夫です
コーヒーでもいいです
私は台湾の高山茶で行うのが好きです



※小さく薄いカップより
両手で触れられる程度のものを
お勧めします




次にカップのお茶を見ます




立ち上る湯気や香り
お茶の色や表面の様子などを見ます




それについて特に感想を持たないように
ただ感じて、見ます




カップに手を添えます
カップから伝わる暖かさや
カップの感触などを感じます




十分に感じたら
カップを口に近づけます




湯気や香りを感じます




カップに唇をつけ
唇から感じる温度やカップの感触
湯気が鼻のどこに流れるかなど感じます




お茶を口に含みます




しばらく飲み込まず
香り味や温度、茶の口当たり
その他に気が付く事があれば感じます




口に含んだお茶を全部ではなく
半分ほどゆっくりと飲みます




お茶が喉を流れる様子などを感じます




次に残りの半分も飲み
喉を流れる様子、通った後の温かさ
飲んだ後の口の中の様子
香りなどを感じていきます




このお茶の瞑想では
例えば香りを感じた時に
良い香りやジャスミンの香りなど
なるべく感想を持たないように
ただ香りを香りとして感じるようにします




私たちは記憶の生き物なので
過去の記憶と今を紐付けします




それが良いことだけだったらいいのですが
良くない記憶ほど捕われてしまうものです




過去があってこそ、今の私たちがいます
ですが、私たちは常に今を生きています




過去から学びつつ
捕われのない今の状態




お茶を飲む短い時間で
この二度とない今を
常に感じる練習をします





明日のblogはお休みします
次の更新は月曜日の予定です







4.30.2020

美しきハイヒールの瞑想の世界



瞑想とハイヒールとは一見なんの
繋がりもないように感じるが
ASAMI-PARISメソッドに触れた方は
その繋がりを感じられるはずだ




1mmのズレは美しさのズレ
その1mmに集中している時
そこには思考はなくなる




いつもは集中できる1mmの世界に
フォーカスできない時もある




体調や心の不調
そういった様々な理由で
1mmに集中できない日もある
自分の奥底を覗けば必ず理由はある




瞑想をしているとふと湧き上がる思考
それを川の流れのように流していく




時にはその湧き上がる考えに
執着したくなる事もある




湧き上がる考えの醜さに
綺麗事だけではない思考に
目を覆いたくなる
そんな心根を解消したくなる




だがそれらを排除する為でも
解決する為でも
綺麗に浄化する為でもなく
それがある事に気がつき
ジャッジをせず
ただ”ある”と受け止めていく




そしてまた1mmの世界に戻るのだ
言い訳の一切ない1mmの世界へ




瞑想には様々なメソッドがあり
指導する方との相性などもあり
良い悪いなどは基本的にはないが
大切なことは続ける事だ




私が初心者の方にお伝えしているのは
本当に簡単な事で1秒でもできる事から




長い瞑想を行うにはそれなりの環境が
必要になるが、日々続けていく上では
いつでもどこでもできる事が一番だと
私は考えているからだ




ハイヒールの世界に触れた方は
瞑想の世界にも触れている方




1mm単位を狙う
美しきハイヒールの瞑想の世界



4.22.2020

瞑想と美学の繋がり


タイのお坊さんとskypeでお話しし
穏やかな朝を過ごした




テクノロジーの進歩でタイの山奥
に住むお坊さんとskypeで話せる
とは本当に便利でありがたい




瞑想というと目を閉じてじっと集中
をするイメージがあるが、お坊さん
に教えて頂いた瞑想は半眼で行う




以前、瞑想中のダライ ・ラマの
写真を拝見した際にも半眼だった




私は通常、目を閉じて瞑想をするので
なぜこれは目を開けて瞑想するのですか?
とお坊さんにお尋ねした




目を閉じて瞑想したなら
静かで良いかもしれない




でも目を閉じたら
世界が見えない
日常が見えない




目を開けたままでも
穏やかで安心した状態でいらるよう
心を整えていく練習なんだよ
と仰った




瞑想しても何も変わらないままの
瞑想難民が増えているそうだ




それは日常と瞑想の解離
すなわち瞑想と日常が分断されて
しまっていることが問題となる




瞑想とは特別なことでも
ドラマチックな何かが起こること
でもなく日常の延長にある




一瞬一瞬に気がつくこと
気がつき続けていくこと
その繋がりの連続が日常である




お坊さんの話しを聞きながら
それは美学とも繋がると思った




特別な日だけのことではない
一瞬一瞬に気がついていくこと
いつもいかなる時も意識をし続ける






3.27.2020

コールスローを作る時



今日はスーパーに買い物へ行こうと
計画していたが、都知事の会見の後
東京でまた買い占められている所が
あると聞き、行くのを辞めた




ここのところ、週に二回は
コールスローを作っている




我が家のそばで葉山で採れる野菜を
トラックで売りに来る方がいるので
新鮮なものが手に入り野菜が好きな
私はとても嬉しくなる




コールスローとは私が大好きなサラダ
の一つで、良いキャベツが手に入ると
作りたくなる




大量のキャベツとニンジン、セロリ
きゅうりを無心でひたすら千切りに
する




ミネストローネも作る事にした




こちらも大量の野菜を刻む必要があり
ひたすら刻み続ける




ミネストローネを作る際には、私なりの
こだわりがあり炒める順番や水をいれる
タイミング等を見ているとあっという間
に時間が過ぎていく




終わりに近づくとまだ物足りず、先日思い
ついた新しいレシピでニンジンのラペも
作りたくなりまた千切り作業に戻る




この2週間はこのようなパターンが多かった
サッとできるものではなく、作業の過程が
多いものを作る




料理は音楽をかけながら楽しく作る場合と
ただひたすら無心で作り続ける時があり
最近の私は無心なことが多かった




リフォームで一番こだわったのがキッチン
でありここからは庭がよく見える




最近は外出の機会も減ったので、明るい昼間
からキッチンに立ち、時々庭を眺めながら
何時間も作り続ける事が増えた




イタリアの方達も、ここぞとばかりにトマト
ソースを作り、粉を練り、焼いているそうだ




ストレスの対処法とはそれぞれだが、私は
料理をする事で頭の整理がされ心が落ち着く




料理とは私にとって瞑想のようなものであり
夫も喜ぶというおまけ付きのものである





明日と明後日のブログはお休みします。
次の更新は月曜日の予定です。




2.13.2020

美しくある為に努力していること


美しくある為に努力している事は何か




それを考えた時、食事やサプリメント
美容等、いろいろと思い浮かんだが
やはりストレスを溜めない事だ




生きていれば必ずストレスはあるし
ストレスゼロだとむしろ人間がダメに
なるとも言われている




だが不要なストレスは避ける
或いは捨てるべきだと思う




例えば、以前の私であれば、好きで
無い人の発した言葉にいつまでも
気分を乱されていた




何度も思い返しては、またふとした
瞬間に思い出した時にそこから離れず
その思いに囚われたりしていた




その瞬間を捉え、受け流すという事は
瞑想を通じて手に入れたテクニックだ




必ずうまくできるとは限らないが
以前よりはずっとコントロールできる




誰かを嫌ったり、憎んだりするエネルギー
とはとても強く大きい




そんなエネルギーを好きでも無い人に
使うのは全く無駄な事だ




怒りに満ちている友人にそれを伝える時
があるが、その通りだね、と言う人と
そう簡単にはいかないと突っぱねる場合
がある




そう簡単にいかないのは私も重々承知だ
だが、これは練習する事で克服できる
できないなら何度も練習するのみだ




不満や苛立ちをぶちまけている時の
人の顔とは美しくない




私をあまり知らない人は、みどりさんは
怒ったりしなさそうに見えますと言われるが
それはとんでもない誤解だ




私は短気でひどく気難しい
だがそれと同時に人を許すことができる
物凄く腹を立てるが、許すこともできる




以前はそうではなかった
だが、許しとは人を救うのではなく
自分を救うと知ったのだ




怒りや愚痴によって美しくない表情に
変わる人達を見て学んだ事でもある
その美しくない顔を自分もしているんだな、と




美しくある為には
不要なストレスを溜めず
心の眺めをよくする事




だがやはりストレスを回避するのには
眠る事、これが一番だ




怒りや悲しみ、様々なストレスがあると
よく眠れないこともある
だがそんな時こそ眠らなければならない




眠りに関わるセロトニンという物質は
体内では生成できず食品からしか取る
ことのできない必須アミノ酸のトリプ
トファンから作られる



これは赤身肉やチーズ等に多く含まれ
るが手軽なところではバナナと牛乳の
組み合わせがある




寒い時期だとこの組み合わせは体が冷
えてしまうので牛乳は温めるなどして
工夫して摂取してみてほしい




眠りとはまた瞑想でもある
よく眠れなければ頭の整理も難しくなる




読みたい本があっても睡眠に回す
3分だけタイマーをかけて休むこともある
とにかく眠り最優先
イライラする時は特にそうだ




美しさと睡眠は大いに関係している




良質の睡眠をとり
不要なストレスを取り去る事




私が美しくある為に努力している事だ





1.08.2020

ハイヒールとヨガの融合


以前も綴った事があるように思うが
コンサルティングでは課題のブログ
がある
今日のブログも課題で頂いたもので
このタイトルについて考えてみた




ハイヒールを履く為に行うと良い
ヨガのポーズを紹介してもいいのだが
それでは芸がない気がする




ハイヒールとヨガとgoogleで調べれば
今は一発で様々なポーズが出てくるし
どんなポーズでも何らかの効果がある
と言えるのだ




実際、ハイヒールのエクササイズの中
にあるストレッチも一見ハイヒールと
は関係無さそうな場所のストレッチも
行うが、これが大いに関係がある




私が思うハイヒールとヨガの融合とは
瞑想に繋がっていく




Asami先生のストレッチのビデオをご覧
になった方はご存知だと思うが、椅子に
片足を乗せて行う骨盤のストレッチは
身体に気付く為のマインドフルネス瞑想
にぴったりだ




時間も片側15分、合わせて30分
この時間も瞑想に丁度良い




瞑想の初心者の方に指導する場合
人によってはまずは1秒、または1分
から誘導していくが、初心者の方へ
の最長の時間の目標は15〜20分とし
ている




この時間の理由は様々であるが簡単
に言うと、15分を過ぎた頃から瞑想
の効果が現れるので20分ほど行う事
をお勧めしている




ただ20分というのは慣れていないと
とても長く感じるものでストレッチを
やりつつというのはとてもやりやすい




呼吸に注意を向け
考えが出てきたらそれに気付き
また呼吸へと戻す




マインドフル瞑想の場合


身体が硬いと気がつく→呼吸に集中
→どうして硬いのかな
→思考していると気がつく
→呼吸に戻る→何だか飽きてきた
→思考に気がつく→呼吸に戻る




思考している状態


身体が硬いと気がつく→何で硬いのかな?
→ここをこう伸ばしたらいいかな?
→ヨガにでも行こうか?
→あ!そうだ、帰りにあのお店に寄ろう
→雨が降ってるし外に出かけるのは辞めよう
→今日は銀行に行かなきゃいけないんだった!
→あと何分かな〜?ランチは何食べようかな




我々は普段思考をしすぎている
寝ている時ですら脳が活動している




それを瞑想する事で副交感神経が
優位になりリラックスできるように
なり脳が休まる




それに伴い、記憶に関わる海馬を始め
として脳の容積があちこちで増えると
いうことも科学的にわかっている




マインドフルネス瞑想とはスピリチュアル
な事ではなくメソッドなので慣れるまでは
練習が必要だ




ハイヒールで歩くには集中が必要である
あれこれ考えながら美しく歩く事はできない




ハイヒールのレッスンの後
身体も心もスッキリとする




余計な事は考える暇もなく
ただひたすらAsami先生の声だけに
耳を傾け、今に集中しているからだ




その状態へと導けるコーチに出会える事は
幸いな事だ




私にとって静かに座って行う瞑想もとても
大切な事
だが日々気がついていく
これも瞑想だ




人は毎日、家の中や外を移動する
その一歩一歩に気がついていく




ハイヒールであればその一歩一歩だけに
集中して気が付かざるを得ない
それは即ち瞑想につながる
これが私の思う、ハイヒールとヨガの融合だ


12.16.2019

瞑想のヒント


ヨガと言えばポーズ(アーサナ)を
思い浮かべる事と思う
だがヨガとは瞑想を意味する




ヨガのポーズ(アーサナ)をする事で
体がしなやかになり鍛えられるのは
間違い無いのだが
ヨガ=瞑想
が本来の意味である




瞑想の為、長時間楽に座れるようになる為
に行うのがヨガのポーズである




瞑想の為に座るポーズはどんなに難しそう
に見えるアクロバティックなポーズよりも
難しい




瞑想の為に座るとは、単に脚が組めるよう
になるだけではなく、姿勢も呼吸も心も
乱れない状態で完成する




背筋がまっすぐに伸び、ぐらつかず
痛みを感じず、快適に座れるようになる




ただし現代の生活ではなかなかそのような
身体作り、そして心を作る事は難しい





ここ数年の流れでヨガが他の運動と同じで
筋肉を動かし、汗をかきリフレッシュし
ストレスや運動不足解消のために行うもの
になっている





正確に言えばそれは単にヨガのポーズを
使ったエクササイズと分類されるが
それはそれで良いと思う





正しくやらなくては意味がないと言うのは
本当にその通りだが、それはヨガではない
などというのはナンセンス





どう感じるかは受け取る側が感じていく事
それも瞑想に通じる気づきの一つだと私は
捉えている




だがポーズの難しさや美しさを追い求めて
怪我をしないようにだけは気をつけてほしい




私の知り合いで、ヨガの難しいポーズができる
人を羨み、競ったりする人がいた




これは自分の内側に集中すべきヨガの効果を
感じられていないだけではなく
その場の雰囲気も悪くなるものだ




だが
「私は人といる時、こんな心の状態に
なってしまう」
と気がつけたなら
それはすでに瞑想の第一歩だ




瞑想とは同じ姿勢で何時間も座るというイメージ
があるかもしれないが、日々、気がついていくと
いう事が大切な事




もちろん長時間座る事でしか得られない事が
あるのは事実だ




私は年に数回、長期間の瞑想の為に修道院に
お世話になっている
ヨガの講師としては珍しい瞑想の環境かもしれない




食事や掃除もシスター達がほとんど姿を表さずに
お世話をして下さるので、私は一切の身の回りの心配を
せず瞑想だけができる





仏教寺院やその他の施設の瞑想の経験も幾度もあるが
修道院という環境が私には一番合うようなのだ
特にイタリアの教会は波長があうと感じる場所が多い
のでそういう理由もあると思う




このように自分だけの聖域での長期間の瞑想が必要な
場合が私にはある





だがそれはその先の事で、負担が大きいあまりやらなく
なってしまうのは意味がない





まずは取り掛かりやすいやり方
日々実践しやすいやり方で行なっていく事
そんなヒントをお伝えしていきたいと思う




12.12.2019

歩みを合わせる


昨日は、時々仕事を手伝ってくれている人と
駅までの道のりを歩いた





通常、私が一緒に仕事をする人はヨガか瞑想の
関係者でみんなとてもゆっくりと歩く





このゆっくりと歩く習慣になってからは、以前より
1時間早めに出発して時間に遅れないようにしている
早めに着いても時間を過ごす方法はいくらでもある
ので大抵のんびりと待っているが、ゆっくり歩く仲間
もまた早めに来るのでのんびりした始まりになる





だが前述した人と駅まで歩いた時に
彼女は物凄いスピードで歩いた
今までも何回か一緒に歩い事があったが
こんなに早いスピードだったっけ?
と思いつつも、一応、年上の方でもあるし
多少気を使わないとと少し早めに歩いた





が、すぐに疲れてしまい
歩くの物凄い早いですよね?と聞いてみると
歩く時間って無駄だと思っているの、と言う





彼女は私の仲間の瞑想の会などに出ているので
歩く瞑想はした事をやったことがありますか?
と聞いてみたが、フン!という態度だった





もう先に行ってくれたらいいのにと思うのだが
私と離れてしまうと振り返って待っている
その繰り返しなので、とうとう
もういいや、と立ち止まった所に電車が来た





一緒に乗り込み、座り、しばらくするとわかった
先ほどの話し合いで彼女はイライラとしていたのだ





ふむふむと適当に話しを聞いていると
だんだん落ち着きを取り戻してきた





みどりさんがみどりさんらしくて良かった
そのまま変わらないでいていいのよ等と言っていて
何だか面白いなと思いながら聞いていた





話し合いの中で、他の人が私に投げかけた言葉を
私自身は気にしていないのに、彼女が気にしていたのだ
思えばその時、彼女は猛烈に相手に何かを言っていた





不器用なやり方だなと思う
大いに誤解を招くやり方だ





だけど、その不器用さが嫌いじゃないと思う





でも、もう早くは歩きたくないな





私も彼女もきっと歩みを合わせて歩くことが
できるようになる





11.08.2019

境界線を越えていく



この一年でskypeがとても短かになった




Asami先生とのレッスンはもちろん
友人とのおしゃべり
そしてここ2ヶ月はご縁のあるタイの先生から
仏教とマインドフルネスの講座を受けている




宗教と政治の話しはタブーと言われているが
そのどちらもそれぞれの国や人を知る上で
とても大切な事だ
批判はいけないが知る事で理解できる事もある




巷で話題のマインドフルネス瞑想とは
ざっくり言うとシンプルに今に集中するという
仏教のような宗教的な手順や思考を取り払って
行う瞑想として普及している




この宗教を取り払うと云うところが万人に受け
入れられるところでもあるのかなと思うのだが
瞑想の指導を行っている事もあり、そのもとで
ある理論や哲学を知りたいと思うの仏教を
知ることは私にとって必要な事である




マインドフルネスでシンプルに今に集中する
頭がスッキリする
気持ちが落ち着く
など心と頭に効果がある




ではその先にあるものは何か?




それは境界線を越えて行くことにある




例えば自分にとって合わないなと思う人が
いるとして
それをマインドフルに今に集中して無視して
しまってもいい
それも間違っていない




だが自分を知る為にできる事がある




合わない人を何故嫌だと思うか見つめてみる
相手への感情を抜きにして見つめるのはとても
難しいが丁寧に流していき見つめる




そして自分が感じた事を見つめる
どうして嫌なのか




悲しかったから
怖かったから
傷ついたから




自分が見えてくる





その一つ一つに
自分が一番の味方になり
もう大丈夫だよ
と自分の胸に優しく手を当てる





簡単ではないかもしれない
でも相手ではなく
誰よりも自分自身の為に自分を癒す事で
その嫌だと云う感情の境界線を越える




何かにチャレンジすること
それは自分の境界線を越えて行くこと




どうして怖いのか?
それを見つめる




変わりたい
どうして変わりたいのか




その一歩を踏み出す時
それは境界線を越えて行くこと





いつでも最大の自分自身の味方である
自分が共にいることを知る








9.27.2019

小さな時間で




庭に出て夏の間に伸びきった草花を
太陽を浴びながら見回る



少しの間、目を閉じる
気負うことのない小さな瞑想



ここには咲いていないはずのハーブの香りがする
きっとあれはタイの香り
先ほどまでスカイプで話していた
タイに住む友人との記憶の香り



肌に当たる太陽の日差しが暖かい



鳥の鳴き声



遠くから聞こえる飛行機の音



なんの音かもわからない音




お昼を過ぎたけどあまりお腹がすいていない



肌に服が触れている



その全てを感じ
その事象にラベル付けをせず
ジャッジをせず
ただ少し目を閉じる



この小さな時間を持つことが
自分の心と頭を休ませる




時間は小さく繫がっていく







9.05.2019

生活の中にある瞑想



ここ最近はヨガをまた少しずつ生活に取り入れている



ハイヒールの前のストレッチの後に
ヨガのプラクティス
そして最後に瞑想をするが
やはりただ瞑想をするだけよりも
身体を動かす事と組み合わせる方が相性が良い



私はよく悩みがなさそうだとか
のんびりしていると言われるが
生きていれば誰でもそれなりに色々あるものだ



もう少し若い頃の私は
将来に不安を感じたり
誰かと比べたり
自己嫌悪に陥ったりしたことが少なからずあった




ただ年の功なのか
それとも生き方
考え方が以前とは変わったのか
ここ数年はそういったことにあまりとらわれなくなったのは
瞑想やマインドフルネスと言った事を習慣としだしたからかもしれない



瞑想と言うと心を空っぽにするなどと言うが
それはなかなか難しい事
大小様々な雑念が浮かんでくる



そこで、雑念に気がついたら
いつも呼吸に戻ることを繰り返す
これは一種の練習でもある



雑念が浮かんでも呼吸に意識を戻す
そうする事で今のこの時に心を向けられる



過去でもなく未来でもなく今ここ



今ここに意識を向ける事で雑念が流れていき
心を集中させることができる



この練習はわざわざ時間を取らなくてできる



お皿を洗いながらお皿を洗う事だけに意識を向ける
歯を磨きながら歯を磨く事だけに意識を向ける
ハイヒールで歩く事だけに意識を向ける



とは言えやはりオススメしたいのは
自分の心と意識だけに集中するために
椅子でも胡座でも良いのでただ座る事



自分の心と意識の為だけに時間を作ることは
自分を愛する事と繋がる



退屈な時間に思えるかもしれないが
脳にとっては最高の休息になる







8.27.2019

1分間の使い方・瞑想





瞑想を始めて経験したのは
ヨガのティーチャートレーニングの時であった



私の先生は特に瞑想を大切にされていて
1日最低でも2時間、多い時は文字通り一日中でもしていた




何ヶ月も続くトレーニングだったが
私が最も辛かったのは
毎日最低でも20分瞑想せよと言う課題だった



ヨガを習いに来たのになぜ瞑想?
と憤りをおぼえるほどだった



そもそもヨガとは瞑想である



一般的なイメージのヨガのポーズは「アーサナ」と言い
「座る場所」や「座り方」などを意味し
長時間瞑想する為の身体作りにヨガのアーサナ(ポーズ)をする




瞑想のために座るアーサナ(ポーズ)が
どんなにアクロバティックなポーズよりも難しいと言われるのは
私が始めた頃の瞑想への態度を思えば納得だ




マインドフルネスを実践している企業や著名人が増えたせい
もあり瞑想に興味を持つ方も増え
(マインドフルネスと瞑想についてはのちに綴ろうと思う)
やってみたいとおっしゃる方も増えた




ある時、大学生や医学生、まだ若い社会人の男性たちに瞑想を指導した



最初に1分間の黙想をしてもらった



目を閉じ、1分経つと合図をし目を開けてもらう。


そして尋ねる


長いと感じた人?
短いと感じた人?



時間は1分でした
と告げると長いと感じた人は驚いた



年齢を重ねている社会人の方が、1分が長いと感じるようだった




大学生の男子の中には、1分はあっという間だったけど
頭がスッキリしたと言っていた




長いと答えたある若者は
1分でも長いと感じたなんて、とがっかりするので
1分は長いと気がつけてよかったんじゃない?
と言うと、本当だ!と喜んでいた




ヨガのクラスと瞑想を組み合わせていたのだが
若者ならではの吸収力であっという間に集中時間が高まった



瞑想にはいろんな流派もあり、やり方も色々ある


瞑想に興味があり
何から始めたらいいかわからない方は
まずは1分目を閉じてみる事から始めてみることをお勧めする