2019年12月9日月曜日

苦手を克服する心


私は食べ物の好き嫌いがあまりない





給食の時に苦手なものを泣きながら
食べている同級生を見てそんなに辛そうな
気持ちがさっぱり理解できなかった





そんな私だがウニを初めて食べた時に、これは
苦手だと思ったのだが、日常生活には支障が
ない好き嫌いなのであまり気に留めてなかった





だが15年ほど前に友人とスーパーに行った際に
木の桶に乗ったちょっぴりなのに高価なウニを
散々迷ってから、決意を決めて買った彼女を見て
これをそんなにも好きなの?と衝撃を受けた





だが他にもウニが大好き!という人達が沢山いて
食べる事が好きな私は、ウニが嫌いとは何だか
とても損をしている気分になった





それ以来、私の美味しいウニを求める日々が
始まった





だが、やはりどうしても苦手だった
めげずにトライし続けるが惨敗が続いた
最低でも年に一回は必ずウニに挑戦した
我ながら本当にしつこい





札幌に引っ越してから数年後
積丹のウニはとても美味しいと聞き
朝一番を狙って食べに行った





そして出会った
本当に美味しいウニに
やっとみんなが言うウニの美味しさがわかった





私の10年以上にわたるウニを探す旅が終わった





札幌から積丹まで車で片道2時間半
ウニ解禁になると一人や二人や大勢で何度も通った





だがウニにもコンディションがあるようで
イマイチな時もある
基本的に苦手なので、イマイチな時はやはり苦手だ





潮の関係や、ウニが食べている昆布の場所、気温
殻を開けるタイミングなどでも味が変わるようだ





もともと苦手だからこそ、美味しいものでなければ
今でも食べられないが、一度美味しさを味わったので
今度は苦手な中にも美味しさを感じることができる
ようになった







苦手だと思った人の印象が変わる時が好きだ
それは相手が変わったのではなく自分が変わった
瞬間でもある





私の友人に普通の人が大変だと思うことをすんなり
とやってしまう人がいる
それはどう考えても大変でしょう?と言うと
これくらいへっちゃらだよ、と人助けをする





彼女にとってそれは、人助けではなく当たり前の事
だからなのだ
無理がないのでストレスもない
器が大きいとはこういう人の事を言うのだと思う





マザー・テレサの施設に手伝いに行った知人がいる
一人は、大変だがとても素晴らしい体験だったと言い
もう一人は、その壮絶さに心を病んだ





ゴッドマザーに連れられスープキッチンの手伝いに
行った事があった
そんな活動をしているのも知らなかったがそこでは
多くの人が当たり前のように手を差し伸べていた





だがその活動は私には向いていなかった
正直にそう告げ2度と行く事はなかったが
自分でできる事、自分に向いている手助けをしたい





私には得意な事も苦手な事もある
だが私の理想は苦手を克服していく事だ
苦手意識という感覚が私を居心地悪くする





苦手を得意にするのは難しいが
苦手を苦手と思わないでいられる心
そのような感覚を身に付けていきたい
それがどういうものかは今はまだわからないけれど






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