2019年9月30日月曜日

男女の愛(1)


この一週間、男女の愛について考えている




愛についての考え方や形は人それぞれ違うし
自分が置かれている場によっても変わるかもしれない




愛の人と聞いて思いつくのは誰だろう





数年前、同じことを考えていた時
私はまずマザー・テレサを思った




マザー・テレサは45年に渡り、貧しい人、病む人
末期の人のために尽くしてきた
それは私がここで綴らなくともその偉業は多くの人
が知っている




そんな愛と勇気で行動していると賛美された彼女だが
死後に公開されたマザーの書いた数々の手紙を読み
心が痛んだ




愛、その言葉は何の喜びも私にもたらしません
神が私を愛していると教えられてきました
しかし闇と冷たさと虚しさに満ちた現実が
あまりにも大きいため私の心は何の喜びも感じません



彼ら(同じ奉仕に携わるシスターや人々)は
私の心の中には神への信仰と信頼と愛が充満し
神への深い交わりと神のご意志と結びつきが心を
駆り立てているに違いないと思っています



彼らは、私が表面上の明るさという仮面によって
どれほどの虚しさと苦悩を覆い隠しているか知りません



愛もなく、熱意もありません
私の魂には何一つ魅力あるものがありません
天国は何の意味もありません
それは私には空虚な場所のようにしか感じられません



これはほんの一部の抜粋で、彼女の手紙は数年に渡り
指導神父へ告白という形で綴られている



また彼女の活動を、全ての人が両手を上げて賛美してた
訳ではなく、その運営の仕方や宗教の違いからくる様々
な問題などメディアから批判を受ける部分もあった



これは私の考えだが、批判する人は彼女の十分の一でも
同じことができたのかと疑問に思うところだ



だが実際、何か突出した人というのは何かと非難される
ことが出てしまうものだ



この手紙を読み、これほどまでに心に闇を抱えながら
このようなことを行うとは一体どれほど辛かっただろう
と思った



だが私はやはり彼女は愛の人だったと思う



自分がいくら辛くとも続けていかなければならない
逃げ出すことはできない



この偉業を行うのはただ行動するだけでは不可能で
そこには大きな力が働いていたのだ



それは何か
やはりその力とは愛なのではないだろうか






続く




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